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さんななキャリアの佐々木です(自己紹介)

この記事は佐々木の自己紹介です。

 

 

アイキャッチにもあるように、私は遊技機業界での就業経験もないのに遊技機開発の転職エージェントをやっています。

 

 

この記事では自己紹介も兼ねてそのお話をしたいと思います。

 

 

 

佐々木のプロフィール概要

 

千葉県出身の昭和53年生まれ、バブル崩壊後の就職氷河期世代です。この記事を書いている時点では42歳です。

 

 

私は、株式会社さんななキャリアの代表取締役を務めております。株主でもありますので、創業者ということになります。

 

 

これまで一貫して営業職でした。プロフィールはこちら。

・立教大学社会学部    卒業

・引越会社7年     営業/現場/管理業務

・記帳代行会社3年   個人事業主向け記帳代行営業

・人材紹介会社5年   両面型の転職エージェント
・さんななキャリア3年   代表取締役

 

 

ご覧の通り、遊技機業界での就業経験も、技術職の経験も、会社経営の経験も、ございません。

 

 

それなのに何で遊技機開発の領域で人材紹介?と思うでしょう。これはお客様や求職者様にしょっちゅう聞かれました。

 

 

初めての人材紹介で遊技機業界との出会い

 

まずは8年前の2012年に、某人材紹介会社へ転職した時に遡ります。

 

 

人材業界が初めてだった私は、四季報のような企業図鑑(名前を忘れました)を片手に、上から順に片っ端から架電、営業しました。

 

 

陸運業界、消費財業界、アパレル業界、航空業界、海運業界、商社、税理士業界などなど。

 

 

色々な企業で求人をご依頼頂きましたが、その中で初めて某遊技機メーカー様の求人を獲得することに成功します。

 

 

それを機に、縦展開したのち10社程度の遊技機開発系企業の求人をお預かりしました。

 

 

そして、人材紹介業務で初めて成立した仲介案件が、遊技機開発のAEデザイナーでした。

 

 

その後は遊技機業界の他にWEB業界やゲーム業界ともに遊技機系求人を扱いました。が、遊技機業界の求人を扱うのが一番面白かったです。

 

 

理由は、元々、パチンコパチスロが大好きだったからです。

 

 

パチンコパチスロを覚えた時代

 

私はいわゆるパチンカスです。ジャンキーです。

 

 

大学2年の時に、バイト先の先輩に連れて行かれ、初代花火で3万円負けたところからハマりました。

 

 

そこから大学にも通わずパチンコ屋に通い続けました。閉店まで打って、直後に翌日の新装のために夜通し並ぶ。そんなのはザラでした。

 

 

私だけではなく他にもそういう人はたくさんいたので、良い時代でしたね。

 

 

ピーク時は週7日のうち10回は通ったと思います。

 

 

ただ、当時からヒキが強いとは言えない上に、引き際も悪くて、負け続けました。たまに大きく勝つこともありましたが、大抵は3日で元どおりです。

 

 

そして、そんなこんなでパチンコパチスロで借金を作り、返すために学生時代から引越屋さんで営業のアルバイトをしました。それでもパチンコパチスロはやめられず。

 

 

稼ぐ→返す→借りる→打つ→負ける→稼ぐ のループでした。

 

 

そして、新卒でアルバイト先だった引越会社に就職。最初の2年は営業だけでしたが、3年目からはトラックに乗って現場の仕事も、営業所の管理業務も、配車業務などもやらせてもらいました。

 

 

余談ですが、引越しに関する業務は何でもできますし、知ってます。その辺のお話もまた別のブログで書きたいと思います。

 

 

話を戻すと、20代のうちに借金は完済していますが、パチンカスの私はパチンコパチスロはやめませんでした。一度覚えるとやめられません。タバコと同じですね。

 

 

それぐらいパチンコパチスロが好きだった私は、遊技機業界の求人は他の業界よりも身近に感じました。

 

 

さらには新卒就活で遊技機開発に挑戦しなかったことを悔やみました。まあ、当時は遊技機開発という発想がなかったですが。

 

 

そんなこんなで遊技機開発の求人を扱っているうちに、もっと専門的に遊技機業界を支援してみたいと考えるようになります。

 

 

遊技機特化のエージェントチーム立ち上げ

 

そこで、出会ったとある人材紹介会社の社長に相談したところ、うちでやってみなよと言って頂き、転職。それが前職の社長でした。

 

 

そして、遊技機開発特化チームを立ち上げ、求人獲得に奔走します。

 

 

元来、遊技機開発はリファラルの採用文化のため、人材紹介会社との取引が難しい企業様も多かったです。

 

 

しかし、私のパチンカスぶりが奉公してか(と、思いたい笑)、2ヶ月ほどで約100社の求人企業様から求人をお預かりすることに成功します。求人件数にすると500件ぐらいだったと思います。

 

 

結構なスピード感で営業活動をしていたと思いますが、全然苦になりませんでした。

 

 

やっぱり好きな製品を作る企業の話を聞いているのは楽しいものです。あとは、遊技機業界の方々とのフィーリングが合うというか。

 

 

本当に楽しく営業活動のスタートを切らせてもらいました。

 

 

そこからは弊社の役員でもある佐藤と2人3脚で遊技機開発特化チームとして活動しました。

 

 

2人でやっていても分業にはせず、基本的には両面型と言われる求人企業様と求職者様の両方を担当するスタイルでした。

 

 

そしておかげさまで、3年間でお取引企業様も増え、100件を超える採用実績を作ることができました。

 

 

そうこうしてるところから独立し、さんななキャリアを立ち上げました。

 

 

独立後も変わらずお付き合いして頂ける採用企業様には本当に本当に感謝しております。

 

 

このように、パチンコパチスロが好きだという理由だけで遊技機開発の転職・採用のお手伝いをさせて頂いてきたわけですが、今ではまた違った目的も持っています。

 

 

遊技機業界の転職エージェントとしてやりたいこと

 

 

それは、「遊技機業界の流動化と定着化を下支えし、開発者がもっと才能を発揮できる業界作りに貢献する」です。

 

 

言わずもなが、遊技ファンを楽しませる機械を作るのは開発技術者です。その開発技術者が思う存分力を発揮する環境が必要です。

 

 

私はさんななキャリアを通じて、そんな環境作りのお手伝いをしたいと考えています。

 

 

そうすれば皆様が開発に専念でき、さらに力を発揮し、それがひいては優良機種の創出に繋がり、最終的には業界全体の盛り上がりになると思うのです。

 

 

そういったお話もまたどこかでしていきたいと思います。

 

 

それでは今回はこの辺で。以上、佐々木の自己紹介でした。

 

 

 

 

 

株式会社さんななキャリア

佐々木

 

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